ー自己犠牲が当たり前になってしまう理由ー
なぜ看護師は無理をしてしまうのか。
看護師として働いていると、
- 休憩を削って動く
- 体調が悪くても出勤する
- 自分のことは後回しにする
そんな場面が当たり前のようにあります。
もちろん責任感もあると思います。
でもそれだけではなく、
看護師という仕事には、もともと“自己犠牲をしやすい人”が集まりやすいのではないかと感じています。
① 看護師を目指す人は、もともと優しい人が多い
看護師を目指す人は、
「誰かを助けたい」
「困っている人の力になりたい」
そう思える人が多いと思います。
自分よりも相手を優先できる。
少し無理をしてでも頑張れてしまう。
それは本来、とても素敵なことです。
でも、その優しさは時に
“自分を削る方向”へ向かってしまうことがあります。
もともと自己犠牲をある程度受け入れられる人だからこそ、仕事でも無意識に我慢してしまう。
- 今日は自分が残ればいいか
- このくらいなら我慢できる
- 今は忙しいから仕方ない
そうやって少しずつ自分を後回しにしていく。
そして気づいた頃には、
心も体も限界に近づいてしまうのだと思います。
② “良い看護師”像が強すぎる
看護師には、昔から
- ナイチンゲール
- マザーテレサ
のような、“献身的で優しい存在”というイメージがあります。
さらに女性が多い職業ということもあり、
- 優しくあるべき
- 我慢強くあるべき
- いつでも患者さんを優先するべき
そんな空気を、無意識に背負いやすい職業だと感じます。
もちろん、思いやりは大切です。
でも、
「自分を犠牲にしてでも頑張ること」
が“良い看護師”の条件になってしまうと、とても危険だと思います。
また、看護師には完璧主義な人も多いと感じます。
- 適当にできない
- 気が抜けない
- ミスを強く引きずる
そして、すごく仕事のできる先輩を見ると、
「自分もああならなければ」
と頑張り続けてしまう。
もちろん成長につながることもあります。
でも、理想に追いつこうとするあまり、
自分を責め続けてしまう人も少なくありません。
③ 頑張るほど評価される世界
医療現場では、
- 忙しく動いている人
- 残業している人
- 限界まで頑張っている人
が、「責任感がある」「偉い」と評価されやすい空気があります。
でも、私はそれを少し不思議に感じています。
もちろん、忙しい状況はあります。
ただ、
“忙しい=偉い”
ではなく、
“その環境が慢性的に忙しい”
という事実でもあると思うのです。
残業についても同じです。
残業が発生するのは、
- 業務量が多すぎるのか
- 人員配置に問題があるのか
- イレギュラー対応を想定できていないのか
本来は構造的に考えるべき問題のはずです。
でも現実では、
「頑張りが足りない」
「もっと効率よくできるはず」
と個人の努力に変換されてしまうことが多い。
だから現場の人が疲弊していきます。
例えば、
- 受け持ちを持つスタッフ
- イレギュラー対応をするフリーのスタッフ
を分けるだけでも、負担は変わるかもしれません。
“個人が頑張る”だけではなく、
構造として改善していく視点がもっと必要なのではないかと思います。
④ 気づくと自分を後回しにする
こうした環境の中にいると、
気づかないうちに「自分のこと」が後回しになっていきます。
- 食事を適当に済ませる
- 眠れない
- 休日も仕事のことを考える
- 人に優しくする余裕がなくなる
本当は疲れているのに、
「みんな頑張っているから」
「自分だけ弱音を吐けない」
と無理を続けてしまう。
でも、自分を大切にできなくなると、
看護そのものも苦しくなっていくと思います。
⑤ 本当に大切なのは「続けられること」
私は、
“続けられること”
が何より大切だと思っています。
短期間だけ限界まで頑張ることより、
- 燃え尽きないこと
- 心を壊さないこと
- 自分を守れること
その方が、ずっと大切です。
看護師という仕事は、
本来とても価値のある仕事です。
だからこそ、
「消耗し続けることが当たり前」
になってはいけないと思います。
優しい人ほど、自分を後回しにしてしまう。
だからこそ時々は、
患者さんではなく、自分自身のことも大切にしてあげてください。
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